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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3456号 判決

原告 飯田毅 外二名

被告 山本工業株式会社

主文

1  被告は、原告飯田毅、同飯田弘子に対し各金七五〇、〇〇〇円、原告藤原隆子に対し金一、五〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和三九年九月二六日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら。主文第一、二項同旨の判決および第一項につき仮執行の宣言。

二  被告。「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの請求原因

一、事故の発生および被害者らの死亡

昭和三九年九月二五日午後五時一〇分頃、千葉市若松町九四二番地先道路脇バス停留所において、訴外飯田静子(以下静子と略称。)同武田真佐子(以下真佐子と略称。)の両名がバスを待つて佇立していたところ、四街道方向から国鉄千葉駅方向に向つて道路を進行してきた訴外鵜木金也(以下鵜木と略称。)の運転する貨物自動車足一す〇一六六号(以下被告車という。)に衝突され、そのため両名とも間もなく死亡した。

二、被告の責任

被告は被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供するものであつたから、被告車の運行により惹起された本件事故に基く後記原告らの損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  被害者らの得べかりし利益の喪失

静子および真佐子は本件事故当時ともに学校法人聖書学園に教諭として勤務し、事故直前の昭和三九年四月分から九月分まで六ケ月間の給与として、静子は金一五六、八〇〇円(但し交通費を差し引いたもの。)、真佐子は金一四五、八〇〇円を受け、従つて年収は各その二倍の金三一三、六〇〇円と金二九一、六〇〇円である筈であつた。これに対し同女らの生活費はともに月額金一二、〇〇〇円(年額金一四四、〇〇〇円)を越えなかつたからこれを差し引くと、一年間にあげるべき純益は静子として金一六九、六〇〇円、真佐子として金一四七、六〇〇円であつた。本件事故当時静子は満二二才、真佐子は満二〇才でともに健康な女子であつたから厚生省発表の昭和三八年度簡易生命表に基く平均余命から推して、静子は事故後なお五〇年余は生存しえて、五〇年間に亘り真佐子は五二年余生存しえて、五二年間に亘つてそれぞれ右と同程度の利益をあげえたはずであるところ、死亡によりこれを失つたというべきである。そしてそれぞれ右年間利益から一年毎にホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除してその失つた得べかりし利益の一時払額を求めると、静子については金四、一八九、一二〇円、真佐子については金三、七二八、三七六円となり、同女らは本件事故に基き被告に対し同額の各損害賠償請求権を取得した。

(二)  原告らの相続および保険金の受領

原告飯田毅、同飯田弘子はそれぞれ静子の父、母であり、同女の死亡により同女の前記請求権の二分の一の金二、〇九四、五六〇円宛を相続したが、同原告らは既に自動車損害賠償責任保険による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の二分の一の金五〇〇、〇〇〇円宛を受領し、これを右の一部に充当したから、これを差し引くと被告に請求しうべき金額は各金一、五九四、五六〇円となる。

原告藤原隆子は真佐子の母であり、同女の死亡により同女の前記請求権を相続したが、同原告は右と同様保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、これをその一部に充当したから、これを差し引くと被告に請求しうべき金額は金二、七二八、三七六円である。

(三)  原告らの慰藉料

原告飯田毅、同飯田弘子は静子の父、母として同女の死亡により甚大な精神的苦痛を受け、また原告藤原隆子は真佐子の母として同女の死亡によつて甚大な精神的苦痛を受けた。右の苦痛を金銭をもつて償うためには原告飯田毅、同飯田弘子において各金五〇〇、〇〇〇円、原告藤原隆子において金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(四)  よつて原告飯田毅、同飯田弘子はそれぞれ合計金二、〇九四、五六〇円、原告藤原隆子は合計金三、七二八、三七六円の各損害賠償請求権を被告に対し有するところ、これらのうち被告に対し、原告飯田毅、同飯田弘子は各金七五〇、〇〇〇円、原告藤原隆子は金一、五〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する本件事故発生の翌日である昭和三九年九月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、その余を放棄する。

第三、請求原因に対する被告の答弁

請求原因第一項の事実は認める。

同第二項のうち被告が被告車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

同第三項の事実は被告らの保険金の受領の点は認めるほかいずれも不知。

第四、被告の抗弁

被告車は被告の千葉工場に配置されていた唯一台の自動車であるところ、被告はその運転業務には訴外渡部知(以下渡部と略称。)を専属的に当らせ、同人に被告車の鍵の保管を委ね、同人以外の何人にもその運転に当らせないこととし、渡部はその命に従い被告車を管理、運転していた。鵜木および訴外吉田茂(以下吉田と略称。)は被告が熔接工として雇い入れ、千葉工場に配属していたもので、同人らに、工場の内外を問わず、被告車の運転業務を委ねあるいは運転を許したことはかつてなかつた。

しかるに、本件事故当日は台風により午後から同工場は休業となり、渡部は被告車を工場内に置いたまま、鍵を同人社宅内のタンス抽斗に入れて外出したところ、鵜木および吉田が鍵を盗み出し、被告および渡部に全く無断で被告車の運転を開始し、その途中鵜木の運転中に本件事故を惹起したのである。

右のとおり本件事故は、全く自動車運転を予定されていなかつた鵜木が、被告千葉工場の休業中に、被告に無断で被告車を運転中に起つたものであり、鵜木の被告車無断乗り出しによつて被告は被告車の運行に関する支配を排除されていたのであるから、被告は本件事故当時は被告車の運行供用者の地位にはなかつたものである。

第五、抗弁に対する原告らの認否

抗弁の事実中、鵜木が被告に雇用されていたことは認めるが、その余は争う。

当日午後休業になつたことは被告の業務が休止したことにはならない。被告車の運転が専ら渡部に限られていたわけではなく、鵜木においても従来、工場内での材料運搬、工場外への買物などに被告車を運転したことがあり、被告もこれを認容していたのであつて、同人もまた被告車の運転を予定されていたものである。また鵜木および吉田が鍵を盗み出したのではなく、渡部が被告車のエンジンキイーをつけ放しにしていたので、鵜木および吉田が容易にこれを運転するに至つたものである。従つて、本件事故当時、被告は依然として被告車の運行に関する支配を有していた。

第六、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生および被害者らの死亡)および同第二項のうち、被告が被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供する者であつたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁について判断することとする。

成立に争いのない甲第八号証、乙第二号証および証人渡部知(第一、二回)、同吉田茂、同渡辺正治、同鵜木金也、同萩原政美の各証言(但し甲第八号証および証人渡部の第一、二回、同吉田同萩原の各証言については後記採用しない部分を除く。)によると、被告の千葉工場においては本件事故当日午後は台風による停電のため休業となつたが、渡部は東京の本社から被告車を運転して午後四時すぎ頃工場に帰り、これを工場内に置いて一旦工場敷地内の自宅に帰り被告車の鍵を玄関近くのタンス抽斗内に入れて外出したところ、同じく工場敷地内の従業員の独身寮に居住する鵜木と吉田とは被告車に乗つて付近に出掛け、日用品の買物などをして来ようと、午後五時前頃被告および渡部に無断で被告車の鍵を取り出して被告車に塔乗し、まず吉田が運転して工場外に出、四街道駅を過ぎた付近まで行つてから、運転を鵜木と交替し、途中の床屋で吉田が下車して後鵜木がさらに運転を継続中に本件事故を惹起したこと、および鵜木と吉田は溶接工として被告に雇用され(鵜木が被告に雇用されていたことは当事者間に争いがない。)同工場に配属されていたもので、その職務内容には自動車の運転ないしそれに関連するものを含まず、同工場に配置された唯一台の自動車である被告車については、被告は渡部にその鍵を保管させて、その運転業務に専従させ、鵜木および吉田らには被告車を運転することを許さないことを建て前としていたこと、鵜木はかつて自動車運転の経験もあり、運転免許試験を受けたこともあつて、運転に興味をいだいていたものであるところ、被告は建て前として同人に被告車を運転させないこととし、また積極的に同人に運転業務を命じたことはないものの、まれに渡部の不在の折などに、鵜木が工場内での材料運搬のため進んで被告車を運転するのを黙認し、また同人が渡部に対し被告車を運転させてもらうべく懇請することが度度あり渡部は多くこれを拒んだものの、極くたまにはその懇請を容れて材料運搬あるいは工場外への買物などのために鵜木に運転を許したこともあつたことが認められる。右認定に反する証人渡部知(第一、二回)同萩原政美、同吉田茂の各証言の一部は前出甲第八号証(後記採用しない部分を除く。)、乙第二号証および証人鵜木の証言に照らしにわかに採用し難く、また右認定に反する甲第八号証の一部も採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上のとおり、鵜木は被告の従業員であつて、従来業務として被告車の運転をしたことが全くなかつたというわけでもないのみならず、もともと事故当日の鵜木らの被告車の運転は、被告に無断ではあつたが、自己の日用品の買物等を付近でするためであつて用事がすめば短時間内に帰還することを当然に予定してなされたものであると認められるのであるから、右のような立場にある鵜木らによる被告車の無断運転によつて被告の有する被告車の運行に対する一般的支配が奪われるに至つたものとは到底認めることができない。よつて被告は本件事故当時も依然として被告車を自己のために運行の用に供するものとして、その運行によつて惹起された本件事故による後記損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  被害者らの得べかりし利益の喪失

成立に争いのない甲第一、第二号証、原告飯田毅本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四、第五号証および原告飯田毅、同藤原隆子各本人尋問の結果によれば、静子および真佐子は本件事故当時ともに学校法人聖書学園に教諭として勤務し、事故直前の昭和三九年四月分から九月分まで六ケ月間の給与として、静子は金一五六、八〇〇円(但し交通費を差し引いたもの。)真佐子は金一四五、八〇〇円を受けたこと、(従つて年収は各その二倍の金三一三、六〇〇円と金二九一、六〇〇円)事故当時静子は満二二才(昭和一七年三月二〇日生)、真佐子は満二〇才(昭和一八年九月二七日生)でともに健康な女子であつたことが認められる。そして同女らの事故当時の生活費は原告らの自認する月額一二、〇〇〇円年額一四四、〇〇〇円を越えると見るべき資料はないからこれを差し引けば、当時同女らが一年間にあげるべき純益は、静子において金一六九、六〇〇円、真佐子において金一四七、六〇〇円であり、同女らは本件事故による死亡の結果、将来にわたり右の収入を失つたというべきである。そして同女らは厚生省発表の昭和三八年度簡易生命表による平均余命(二二才余の女子については五一年余、二〇才余の女子については五三年余)と同程度の余命の範囲内で、控え目に見ておおよそ満三五才に至るまでの、静子において一二年間、真佐子において一四年間は右教諭その他の地位にあつて右と同程度の年間利益をあげえたであろうと推認され、それぞれ右年間利益から一年毎にホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して同女らの失つた得べかりし利益の合計につきその一時払額を求めると、静子について金一、五六二、八八二円、真佐子について金一、五三六、四二八円となり、本件事故に基き被告に対し右金額の損害賠償請求権を取得したことになる。

(二)  原告らの相続および保険金の受領

前出甲第一号証および原告飯田毅本人尋問の結果により、原告飯田毅、同飯田弘子は静子の父、母でその相続人であることが認められるから、同原告らは静子の死亡によりそれぞれ同女の前記損害賠償請求権の二分の一の金七八一、四四一円宛の請求権を相続により取得したものというべく、同原告らが既に自動車損害賠償責任保険による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の二分の一の金五〇〇、〇〇〇円宛を受領し、これを右請求権の一部に充当したことは同原告らの自認するところで、これを差し引くと同原告らが被告に請求しうべき金額は各金二八一、四四一円となる。また前出甲第二号証および原告藤原隆子本人尋問の結果によると、原告藤原隆子は真佐子の母でその相続人であることが認められ、真佐子の死亡によりその前記請求権を相続により取得したものというべく、同原告が既に自動車損害賠償責任保険による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、これを右請求権の一部に充当したことは同原告の自認するところで、これを差し引くと同原告が被告に請求しうべき金額は金五三六、四二八円となる。

(三)  原告らの慰藉料

原告飯田毅、同飯田弘子が静子の父、母であり、原告藤原隆子が真佐子の母であることは前認定のとおりであり、原告飯田毅、同藤原隆子各本人尋問の結果によれば、静子および真佐子はともに原告らにおいて養育のうえ成人し、教師の職について間もない未婚の女子であつて、原告らはその将来を楽しみにしていたものであることが認められ、右によれば原告らは同女らの死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたことが明らかであり、これに以上認定の本件にあらわれた諸般の事情を綜合すれば、これらの精神的苦痛を償うに足る金額は、原告らの主張する、原告飯田毅、同飯田弘子において各金五〇〇、〇〇〇円、原告藤原隆子において金一、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ下らないものと認められる。

四、以上により被告に対し、原告飯田毅、同飯田弘子において各金七五〇、〇〇〇円、原告藤原隆子において金一、五〇〇、〇〇〇円および右金員に対する本件事故発生の翌日であること明らかな昭和三九年九月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求しうべきことが明らかであり、結局原告らの本訴請求は全部理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 羽生雅則 浜崎恭生)

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